03 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. // 05

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

[edit]

trackback: -- | comment: --

備忘録 


「子供を産むことが悪だという結論に至った」
って感じの記事を読んでの感想的なもの。



この世に生を受けた事が最大の不幸の始まりと、
そう捉える事は確かに出来るが、しかし。

例えば

世界に一人も人類がいなくなったとしよう。

そうすると、
その「世界」は果たして幸福なのか、不幸なのか。

答えは、どちらでもない。

人っ子一人もいないという事は
「不幸を感じる人間が一人もいない」という事
悲しむ事も、苦しむ事も、死の恐怖もない世界。
これは天国と同義である。

まぁ、平和の反対は恐慌だ!
   戦争の反対は話し合いだろjk
   戦争は外交手段の一つであって社会の情勢ではないのだよ!
と、言い出す人は出て行ってくれないか。

閑話休題。

そして
「幸福を感じる人間が一人もいない」という事と同義。
喜びも、安らぎも感じる事の一切ない世界。
これは地獄と同義である。


人一人の不幸幸福など関係なく
常に世界は天国であり地獄である。


しかし。
ここまでは長い前ふり。

子供を産むのは悪なのか。

それはyesとも言えるしNOとも言える。
そもそも、
生命の仕組みそのものに善悪をつけるのはナンセンスだがね。

「この因数分解の式を作ったやつはだれだ! 死刑!」
って、言っているようなものだからね。

子供を産めば、ふむ、
確かに、その子供は確実に何か人生において苦痛に感じる事が生じるだろう。

生まれてこなければその心配もなかったと。

まぁ
何気なく蹴った石の小石がはねた影響で地球の裏側で大地震が起きて何万人も死者が出る、みたいな話ですな。
スーパーバタフライ効果。

生まれてこなければ、その心配もないと。

が、
生まれてこなければ、今ここにいて良かったと
生きていて良かったと
炬燵で食べるガリガリ君ってなぜか美味しいよねだから炬燵が片付けられなくて困るのだけれどと
いう幸福も味わえないのだよ。

そんな小さなものは生きてるに値しない喜びだというのなら

炬燵の角に足の小指を強打したくらいの苦痛で生きている価値がないというわけではなかろう。

生きていると死の苦しみを知らなければならんというが
生まれてくる時に周りの人に生の喜びを与えていたから
トレードオフだ。

子供を産むことでその子が不幸になることを考えろというなら
子供を産まないことでその子が幸福になれなかった事も考えろと
言うね。

子供を産んだら、親はその子が幸福になれるように努力するべし、というのが結論かな。

[edit]

« タイトルなし  |  こんなときだからこそ、妄想する »

この記事に対するコメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://happy031.blog16.fc2.com/tb.php/429-3ac67d82
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

-

管理人の承認後に表示されます

 | 2012/05/04 05:00

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。